Hellenikon-Airport

2001年まで半世紀にわたりギリシャの空の玄関として運用されてきた「旧アテネ国際空港(エリニコン国際空港)」の廃墟写真です。同空港の歴史は古く1941年、ナチス・ドイツがギリシャに侵攻した際に空軍基地として建設。第二次世界大戦後はアメリカ空軍基地として運用され、1951年欧州復興計画(マーシャル・プラン)により民間運用が開始。長年アテネの玄関口として年間12万人の観光客を受け入れてきました。2004年に開催される「アテネオリンピック」に向け改修が検討されてきましたが、ターミナルの老朽化、付近に民家の密集、騒音対策などにより滑走路の延長が難しく、新空港の建設が決定し同空港は2001年に閉鎖されることになります。当時ギリシャはユーロ加盟で表面上は好景気でヘレニコン国際空港跡地は商業・リゾート地域として再開発する計画が進行、アテネ五輪の競技会場として使用後高値で売却が行われる予定でした。2005年には複数の売却も進むも、急激な景気後退と金融危機により長年放置されることになります。当初ギリシャ政府はモナコ国土の3倍に相当する空港跡地を50億ユーロ(約5,200億円)以上での売却を望んでいましたが2014年に9億1500万ユーロ(約1,300億円)で企業連合に99年間契約でリースされています。跡地は今後住宅やホテル、商業施設、港、公園などに生まれ変わることになる為、ターミナルの解体と放置機材の撤去が進められます。